坂口安吾「私は海をだきしめていたい」より
そして私は、私自身の本当の喜びは何だろうかということに就て、ふと、思いつくようになった。私の本当の喜びは、あるときは鳥となって空をとび、あるときは魚となって沼の水底をくぐり、あるときは獣となって野を走ることではないだろうか。
私の本当の喜びは恋をすることではない。肉欲にふけることではない。ただ恋につかれ、恋にうみ、肉欲につかれて、肉欲をいむことが常に必要なだけだ。
(中略)
鳥となって空をとび、魚となって水をくぐり、獣となって山を走りたいとは、どういう意味だろう?私は又、ヘタクソな嘘をつきすぎているようで厭でもあったが、私はたぶん、私は孤独というものを、見つめ、狙っているのではないかと考えた。
私の心はただ貪欲な鬼であった。いつも、ただ、こう呟いていた。どうして、何もかも、こう、退屈なんだ。なんて、やりきれない虚しさだろう。