2018-12-09から1日間の記事一覧
私はいつも自分にだけ関心をもって生きてきたのだ。自分にとって、その他に確実なものがなにもなかったので、それを自分なりの正義だと思っていた。私はいつも自分を規定し、説明し、自分の不可解さを追いかけ、自分をあざけり軽蔑してくすくすと笑いながら…
「いま考えてみれば、虎がアフリカへ行きたいように、俺もどこかへ、ここより他の場所へ行きたかったんだなあ。それというのもおれは自分を、おかしな具合でこの世界にいる流刑された、どこかちがう世界の人間だというふうに感じることがあるんだよ。しかも…
実際、近頃の自分の生き方の、みじめさ、情なさ。うじうじと内攻し、くすぶり、我と我が身を噛み、いじけ果て、それで猶、うすっぺらな犬儒主義(シニシズム)だけは残している。こんな筈ではなかったのだが、一体、どうして、又、何時頃から、こんな風にな…
いまは、大過渡期だと思います。私たちは、当分、自信の無さから、のがれる事は出来ません。誰の顔を見ても、みんな卑屈です。私たちは、この「自信の無さ」を大事にしたいと思います。卑屈の克服からでは無しに、卑屈の素直な肯定の中から前例の無い見事な…
悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない。
何かが私を悩ましている。その何かとは「私」のことだと思う。
俐巧ぶるのは嫌なことだ。と隊長は思った。ほんとうは俐巧だとも思わず、俐巧になりたくもないのに。うろうろと歩きまわって、計画を立てて、計画を立てたことで、なんだかエラくなったような気持ちになる。ほんとうは正しいかどうか分からないのに、正しい…
そして私は、私自身の本当の喜びは何だろうかということに就て、ふと、思いつくようになった。私の本当の喜びは、あるときは鳥となって空をとび、あるときは魚となって沼の水底をくぐり、あるときは獣となって野を走ることではないだろうか。 私の本当の喜び…
汝自身を知れ、神が判ずると夢々思うなかれ 人類のおあつらえの典型は男なり 中流の境遇という地峡に位置し 陰険にも賢く、みだらにも偉大な生き物 無神論者の尊大さを知りつくし ストア学派の自尊心を愛しすぎ 男は迷っている、行くべきか、止まるべきか み…
たえずいれかわり、互いにいりみだれては消えてゆく幻のような人間の姿の中に、われわれがもはや隣人の顔を認めることができないのは、近代的な大都会に群衆が集中して詰め込まれていることの中に明らかにその大部分の責任がある。隣人愛はおおぜいの隣人た…
僕あ、あれ以来、一人として、軽蔑以外の気持ちで、人を眺めたことがないんですよ。…そいでね、こうやってみんなを軽蔑している自分が、これでやっぱり日本人で、そして、実は、まっさきに、一番、軽蔑すべき虫ケラなんだ。そいつを俺が知ってることなんだ!…
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有りえ得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなも…
人は絶対の孤独というが、他の存在を自覚してのみ絶対の孤独も有り得るので、かほどまで盲目的な、無自覚な、絶対の孤独が有り得ようか。それは芋虫の孤独であり、その絶対の孤独の相のあさましさ。心の影の片鱗もない苦悶の相の見るに堪えぬ醜悪さ。
絶対的な勝利者、絶対的な優者、およそ絶対的なるものの存在が耐えがたいのだ。自分がダメであり、そのダメさが決定され、記録され、仲間の定評になってしまったのに、ダメでないものが存在し、しかもその存在がひろく認められ、その者たちが元気にあそびた…
個人の間に絶対の融合というものはない。しかも個人と個人とは、愛し合っている時でさえ、憎悪をふくんでいるではないか。
「僕はただ命令に従うだけです。それでいいじゃないですか。それ以外に僕には何もできやしないんだから。僕はもちろん機械です。それ以下の人間です。それで満足していますよ。だって僕みたいな能なしだって生きてかなきゃならないんですからね。能なしだっ…