愛を諦めろ!全国魔法使い連盟

自分は単独者である。にもかかわらず、社会のなかで他者と生きる。

山川方夫「遠い青空」より

 僕は、いま糸の切れた凧のようにふわふわと空中を漂う、位置も重みもない架空の一点に過ぎない。一つの自由意思という抽象的な存在に化しているのだ。だから、名前もない。役目もない。話しかけられもしない。決定を要求されもしない。特定の学校の生徒でも、特定の家族の息子でも兄でもない。それは、家計や姉の縁談まで相談される十八歳の戸主(父を亡くした僕の家で男は僕一人だった)の僕にとって、胸の躍るような開放の意識だった。現実の条件のいっさいを脱れて、僕はいま、一人の任意の男である。僕は僕ではない。僕でなくていいのだ。今は僕は、均等で平等な、群衆を構成するその単位の一つに過ぎない。…そして僕は、深海魚がふいに海面ちかくにポッカリと浮かび出たときのように、その信じかねるほどの自分の身の軽さに、ひとつの膨張しきった浮き袋を、浮き袋の中に充満した空白をかんじた。空白とはつまり僕の消滅したあとの空虚なのだ。いわば僕はその身の軽さに「僕」の死を感じたのだ。

 深海魚は海底の暗さと水圧の高さなしに生きることができない。だから僕の感じたスリルとは自殺のスリルだったとも言えるだろう。いつもの僕は死んだ。いつのまにか、快適な自殺を遂げ消滅してしまっている。いま、ボクは空っぽである。ボクは居ない。ボクは無である。…何故かその意識が、僕を青空の恍惚にさそう。ひろびろとした自由の天国に誘う。